産まれてくる意思

産まれたときの記憶

GWですね。

昨日はこどもの日。

今日はいつもとちょっと違う
お話をしようと思います。

あなたは産まれたときのことを
覚えていますか?

よく、「胎内記憶」がある、ない
というお話があります。

「胎内記憶」というよりも
あなたが産まれてくるときの記憶、と
でも言えばいいでしょうか。

よく思春期に
「産んでくれって頼んでない!」と
いうセリフでの親子喧嘩が
あったりします。

「産んでくれって頼んでない!」

それ、そうでしょうか?

実はそうでないかもしれない、というお話です。

産むのではなく産まれてくる

私には二人子どもがいます。

一人目はフローリングの4畳半に
クッションだけが置いてある部屋で
自然出産。

二人目は自宅出産です。

二人目はお産がはやく、
自宅出産の介助をお願いしていた助産師さんも
配偶者も、上の子も誰も間に合わず
まったくの一人で出産しました。

それぞれの出産の時に
実感したことがあるのです。

それは、子どもは母が産むのではなく
子どもは(自分の意思で)産まれてくる、
のではないか、ということです。

誰もが意思をもって産まれてくる

この言葉も正確ではないかもしれません。

まだ上手く言葉になりません。

私が子どもを産む、のではなく
子どもが自分の意思で
産まれてくるという感覚。

もちろん帝王切開の方も
おられると思います。

それでも子ども=あなた、が
「産まれたい」という意思を
もって生まれてくることには
違いはありません。

言い換えれば、この人生は
「あなたの意志」で始まっていると
言えるのではないでしょうか。

もし、あなたが自分の意思や
力を確かめたいと思ったとき。

自分が産まれてくるときのことを
想像してみてもいいかもしれません。

あなたの身体に刻まれているあなたの意志の力。
それはあなたの身体自身が一番よく知っているのかも、しれません。


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